保身の人?
サバイバル上手
「利家とまつ」は
大河ドラマにふさわしいか
釈然としない!! 過去の大河ドラマ スケールで劣る 汚点? 賤ヶ岳の合戦 サバイバル力は一流 長時間ドラマなら 織豊時代は食傷 古代史の大物続々
律義者の裏切り
2002年のNHKの大河ドラマは前田利家が主人公となる「利家とまつ」だが、このテーマが決まったと報じられたときからしっくりしないものを感じていた。それは利家は大河ドラマにふさわしいかということだ。確かに北陸を主舞台にした年間ドラマが展開されることはうれしい。でもこれまでの大河ドラマは一部の例外はあるが、それなりにかっこよく、そして一つの時代を切り開いていったヒーロー(ヒロイン)が主人公に選ばれた。もう一つは名作小説の主人公も何度か登場する。その歴代のヒーローと比べて、利家の一生は地味だし、新しいものは残していない。そして大河ドラマファンとしては賤ヶ岳の合戦での「律義者の顔をした裏切り」がどうにも澱のように引っかかる。そして遺児を託されながらも結局守りきれなかったということも。
過去の大河ドラマは綺羅星
過去の大河ドラマのヒーロー(ヒロイン)を年代別に見ていくと、
60年代 井伊直弼(1963年)、大石内蔵助(64年)、豊臣秀吉(65)年、源義経(66年)、三姉妹(67年)、坂本竜馬(68年)、上杉謙信(69年) 70年代 原田甲斐(70年)、柳生宗矩(71年)、平清盛(72年)、斎藤道三(73年)、勝海舟(74年)、柳沢吉保(75年)、平将門(76年)、大村益次郎(77年)、呂宋助左衛門(78年)、北条政子(79年)、 80年代 獅子の時代(80年代)、ねね(81年)、大石内蔵助(82年)、徳川家康(83年)、山河燃ゆ(84年)、川上音二郎(春の波涛 85年)、いのち(86年)、伊達政宗(87年)、武田信玄(88年)、春日局(89年) 90年代 西郷隆盛(90年)、足利尊氏(91年)、織田信長(92年)、琉球の風(93年)、藤原泰衡、清衡、秀衡(93−94年)、日野富子(94年)、徳川吉宗(95年)、豊臣秀吉(96年)、毛利元就(97年)、徳川慶喜(98年)、大石内蔵助(99年)
00年代 徳川家康、秀忠、家光(00年)、北条時宗(01年)
赤い字が架空の主人公で大河ドラマの変革を目指した80年代に多かった。年代別では、60年代は大仏二郎の三姉妹以外はほぼ直球。70年代は魅力的な曲者がそろった。80年代は明治以降、現代ドラマまで挑み、それなり面白かったが、視聴率的には今ひとつだったようだ。90年代になると、日本をあげての沖縄興しに乗った「琉球の風」を除くと、60年代のような大物が目立った。
個人的には原田甲斐を描いた「樅の木は残った」、柳沢吉保の「元禄太平記」、足利尊氏の「太平記」、徳川綱吉がよかった99年の元禄繚乱が気に入っている。今年の北条時宗も3月はじめの時点では、北条得宗家というテーマが新鮮だし、時頼がよかった。
スケールで劣る利家
さてこれらの人物と比べると利家はどうだろうか。清盛、信長、秀吉、家康、尊氏など自ら天下をとった武将たちとは比べるまでもなく見劣りする。坂本竜馬、西郷隆盛など明治維新の志士のような輝きもない。徳川吉宗、徳川慶喜、北条政子、春日局、日野富子ほどのスケールもない。上杉謙信、武田信玄のようなロマンもない。謎の伊達騒動の主人公原田甲斐や、徳川家の剣術指南とし天下を裏から動かした柳生但馬、戊辰戦争の薩長軍の参謀として活躍した大村益次郎のような個性の魅力にも欠ける。
石高などスケール的には「炎立つ」の藤原三代、毛利元就、伊達政宗とそう変わらないものの、藤原、毛利、伊達とも自分の手で1国をつかみとった人物であり、利家のように信長、秀吉に仕えスタッフの国を与えられたのとは根本的に違う。
密約?日和見?
賤ヶ岳の撤退
秀吉にとって、柴田勝家との賤ヶ岳の合戦は、明智光秀との山崎の戦いに続く、天下分け目の戦いだった。秀吉包囲網ができるなど山崎の合戦よりも苦しい戦いとなった。
佐久間盛政と勝家との息が合わなかったことから、戦いは秀吉が攻勢に立つが、勝敗の推移を決定づけたのが柴田陣の後方に陣取っていた利家が戦いもせぬまま徹底したことだった。後方から崩れて柴田勢は一気に浮き足立ち、敗勢となった。秀吉と利家の間に密約があったかどうかは定かでないが、逆にもし勝家が有利だったら、撤退などせずためらわず秀吉を攻めたはずだ。
加賀前田家にいた小瀬甫庵が書いたという「太閤記」は、利家のことを悪くは書かず、柴田勝家が敗退して北庄に戻るとき、利家の府中城に立ち寄ったときにも悪くは言わず今後は秀吉に付けと言ったと書かれているが本当にそんなきれいな話だったのだろうか。後に律儀者の代表のようにいわれる利家だけに賤ケ岳の行動は釈然としない。
賤ヶ岳から見た余呉湖 利家が陣取った後方の山
優れた保身、サバイバル力
利家及び、子の利長、利常の加賀三代の本質は、保身能力、戦国のサバイバル術にあると思う。賤ケ岳の合戦の論功行賞で、利家はそれまでの能登と越前の府中という中小大名から能登に加え加賀の半国という大大名となる。丹羽長秀が越前・若狭で120万石を得たのに次ぐ評価でそれだけ、賤ケ岳の行動が秀吉を大きく助けたということを意味する。その後の秀吉政権でも富山の佐々成政を押さえる以外は各地の戦役では大きな行賞はないが、さらに石高を増やす。丹羽家が長秀の死後没落するのと大きな対照を見せた。
秀吉の死後、遺児秀頼を託され守り役として大阪城に入る。このとき利家自身の病状も重かったが、石田三成ら奉行が徳川家康を糾弾しようとしたとき、積極的な行動を起こそうとはせず、結局家康の思うままにさせ、世を去る。本気で秀頼に政権を継がそうというのならば、最も邪魔な家康を退けるチャンスではあったのだけれども。結局遺児は守りきれなかった。利家は番頭さんのトップというところがふさわしい役回りではないか。
100万石守り通した利長
利家の死後、利長は家康のターゲットになるが、母のまつを江戸に送ることで難を逃れる。関ケ原の戦いでは、利長は西軍につき、大聖寺城を落とすものの、敦賀の大谷吉継が海路金沢を付くという流言で引き返し、帰り道の小松の合戦で損害を受ける。このときもそんなに大きな戦果とも思えないが、加賀全体を支配下とし、加越能120万石と徳川政権下では並ぶもののない領地を得る。秀頼滅亡の大坂の陣でも、ハムレットを演じながら結局自分を犠牲にすることで加賀藩を守る。
それにしても隣の越前の領主、柴田勝家、松平忠直ら自滅していったのに比べると、やはり前田家はたいしたものだった
長時間ドラマなら
ここまで書いていろいろ悪口を並べたが、別に利家、利長が嫌いなわけではない。あれだけの大藩を江戸300年間守り通す基礎を作ったことはすごいことだと思うし、利長については人物像もいろいろ興味深く、どちらかというと好感が持てるのだが、ただ大河ドラマとして一年間絶えられるかといえば大いに疑問だということに尽きる。結局利家が主人公とはいえ信長や秀吉、家康らが活躍する葵三代とそうが年末の長時間時代劇や、10回程度のシリーズなら、戦国の大名生き残りドラマとして面白いとは思う。
織豊時代はこれで10回目
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らがでてくる織豊時代がテーマになるのでは「太閤記」「国盗り物語」「黄金の日々」「おんな太閤記」「徳川家康」「独眼竜政宗」「信長」「秀吉」「葵徳川三代」と9回にもなる。「春日局」「武田信玄」もやや時代が重なる。特に「葵」は2000年に放映したばかりだし、そこにまた前田利家では。前半は信長や秀吉が活躍するのだろうからどうにも食傷気味な感じがする。
まだ残る古代史の大物
大河ドラマは戦国から維新にかけてはほぼ人物も出尽くしてしまったため利家レベルということになったのだろうが、もっともっと面白い歴史上の人物はいる。古代史に目を転じれば、まずは天智天皇と天武天皇の兄弟。大化改新と壬申の乱という二つの大きなヤマ場があり、さらには朝鮮半島の争いというNHKお得意の国際問題も出てくる。聖徳太子も面白いだろうし、蘇我三代という手もある。道鏡や藤原仲麻呂ら魅力的な悪役の出てくる女帝孝謙天皇もいる。NHKはどうも天皇タブーがあるようだが、ここらへんでうち破ってほしい。そうすれば我らが継体天皇も主人公として登場するだろう。
(参考文献 太閤記(小瀬甫庵著 岩波文庫)前田家三代の女性たち(二木謙一監修 北国新聞社)北陸合戦考(能坂利雄著、新人物往来社)前田利家のすべて(花ケ前盛明編 新人物往来社)前田利家(花村奨著 PHP文庫)石川県の歴史(山川出版社)加越能近世史研究必携(田川捷一編著 北國新聞社)
(参考HP 大河ドラマの歴史
利家とまつ)
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